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グッドパッチ・ストーリー

更新日
2025.12.21
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15

グッドパッチの歴史は、失敗と再起の歴史といってもいいでしょう。そんな中で、どんな困難に直面しても立ち上がり、より強くなっていく組織体質が、会社に根付いていきました。ここでは、そんなグッドパッチの創業から現在に至るストーリーをご紹介します。

2011-2013年:グッドパッチ誕生

祖母からの贈り物

グッドパッチの歴史は、創業者である土屋尚史の青年時代に遡る。

2010年、大阪のWebデザイン会社でディレクターとして働いていた土屋のもとに、突然の知らせが届く。数日前に亡くなった祖母が、土屋名義で定期預金を積み立ててくれていたのである。その額、500万円。

「これは、ばあちゃんが“やれ”と言っているな」

この祖母の贈り物と土屋の直感が、後に日本初の上場を果たすデザイン会社、グッドパッチの誕生につながる。しかしこの時点の土屋の頭の中には、会社の具体的なイメージはなかった。

起業のアイデアを求め、さまざまな講演に顔を出す土屋。その運命を決定づけたのが、DeNAの南場智子社長である。

「日本のベンチャーとシリコンバレーのスタートアップはまるで違います。純粋なアメリカ人だけでチームをつくっていない。いろいろな国の人が集まって一つのサービスをつくっている。だから視点が最初からグローバルなのです。これから起業する君たちも、多国籍な会社をつくりなさい」

この言葉に心打たれた土屋は、翌日にはシリコンバレーに行く計画を立て始めていた。

サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ

震災前日のサンフランシスコ行きと衝撃の発見

シリコンバレーに行く決意を固めた土屋だったが、ツテもなければ英語も話せない。そもそも、海外に行ったこともない。その上、生まれたばかりの赤ちゃんがいる状況だった。明らかに挑戦をするには不利な状況である。

それでも強い意志を持ち、ひたすらシリコンバレーとつながっている人物を探す中で、次の運命的な出会いを果たす。サンフランシスコのデザイン会社、btraxの社長、ブランドン・片山・ヒル氏である。

ブランドン氏との面接の約束をとりつけた上で、東日本大震災の前日である2011年3月10日、土屋はサンフランシスコ行きの飛行機の中にいた。

2011年当時のサンフランシスコでの出会いや交流の様子

2011年のサンフランシスコは、まさにゴールドラッシュ前夜であった。Uberはサービスリリースから1年弱、Instagramは半年という、今の時代を動かす巨大ITベンチャーの黎明期真っただ中。そんな中で土屋が受けた最大の衝撃は、サンフランシスコのスタートアップが創るプロダクトのUI(ユーザーインターフェース)であった。シンプルで美しく、洗練されて使いやすい。

当時の日本では、機能を詰め込むことが良しとされ、デザインは最終工程で施される装飾に過ぎなかった。しかしサンフランシスコでは、デザインはプロダクトの優位性を作る、ビジネス戦略の柱になっていた。

「日本でも絶対に同じ状況になる。ユーザー体験を無視したUIのサービスは絶対に使ってもらえなくなるはずだ」

ビジネスのアイデアが降りてきた瞬間だった。

グッドパッチの誕生と最初の危機

同年9月、日本に帰った土屋は即座にグッドパッチを創業する。社名は、ブランドン氏に連れられて訪れたサンフランシスコのインキュベーション施設「Dogpatch Labs」のdとgを入れ替えたものにした。

Dogpatch Labsのロゴが描かれた壁

そこには、グッドパッチが企業のpatch(継ぎ当て)になる、というメッセージが込められていた。

創業しても順調ではなく、すぐに最初の危機が訪れた。わずか半年で共同創業者が離脱し、同時にあと3カ月でキャッシュが底をつく状態になったのである。この絶体絶命の状況でも、土屋は諦めなかった。

「あと3カ月あるならギリギリまで粘ってやろう」

複数動かしていた事業を整理し、シリコンバレーで衝撃を受けたUIの事業に振り切る決断をした。

秋葉原に構えた最初のオフィスはわずか10坪。1階は中華料理屋で、オフィスにはいつも香辛料と脂の香りが漂っていた。理想とは大きくかけ離れていたが、業績を上げて仲間を増やし、いつか大きなオフィスに移ることを夢見ていた。

創業当初の小さなオフィスの様子

2014-2016年:事業の急成長

運命を変えたGunosyとの出会い

頼もしい仲間を迎え入れて徐々に組織の規模が大きくなっていたグッドパッチだったが、経営は変わらず苦しいままだった。しかし、流れを大きく変えるチャンスが訪れた。サンフランシスコで出会った東大生が友人と立ち上げた「Gunosy」との出会いである。

Gunosyの立ち上げ期に行われた打ち合わせの様子

「とても可能性があるサービスだけど、デザインはなかなかひどい。うちで手伝うよ。流石に大学生からお金は取れないからタダでいいよ」と土屋から提案。

グッドパッチがシンプルで使いやすいUIに作り直した直後、Gunosyは多くのメディアに取り上げられ、急速にサービスが拡大していった。同時に、UIデザインを手がけたグッドパッチにも、企業から問い合わせが殺到することになった。

1億円の資金調達と30人の壁

Gunosyのヒットにより、スタートアップだけでなく大手企業からも依頼が来るようになり、あっという間に30人を超える組織に急成長した。

この急拡大の中で、社員からは「この会社はどこに向かって進んでいるんですか?」という声が聞こえてくるようになった。この時に直面していた壁が、ビジョンとミッションの不在である。

そんな中で、自社プロダクトであるプロトタイピングツール「Prott」を開発するため、1億円を調達。これをきっかけに、経営の風向きが変わっていく。

創業期に約30人規模へ成長した当時のメンバー集合写真

ビジョン・ミッションの誕生と覚悟

オフィスを秋葉原から渋谷へ移転した頃、土屋はサイモン・シネックのTED Talksに衝撃を受けていた。その中では、彼が提唱するゴールデンサークル理論の中核にある、「人は何(What)ではなくなぜ(Why)に動かされる」という考えが語られていた。

土屋は自分に問いかけていた。

なぜここにいるのか。なぜグッドパッチを経営しているのか。

新しいオフィスで丸1日を使い、グッドパッチの10年後を全社員で考える時間を取った。そうして生まれたのが、「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」というビジョンと、「デザインの力を証明する」というミッションである。

ビジョンとミッションを考えるために行われた、社員参加型ワークショップの様子

同時に土屋の中では、「グッドパッチを絶対に潰さない」という意思が。日本に必要なのは、経営者の隣にいるデザイナーと、それを輩出できる会社である。もしグッドパッチがなくなったら、多くの日本企業はグローバルで競争力を失ったままになるだろう。そうなってはいけない。日本社会にとって、グッドパッチは絶対に必要だ。

新しく生まれたビジョンとミッションを眺めながら、土屋の覚悟は、より鮮明になっていった。

2016-2020年:組織崩壊からIPOへ

急成長の代償と組織崩壊

創業からわずか5年で、グッドパッチの社員は100人を超えた。しかし、急速な成長には代償があった。事業フェーズが急速に変わることで、メンバー間の混乱と衝突が至るところで生じるようになった。

創業期を支えた初期メンバーたちは全員離脱し、役員もマネージャーもほぼ全員辞めていった。2年連続離職率40%という異常事態。長いトンネルを全力で走っても、いつまでも抜け出せない。そんな感覚が続いた。

それでも、土屋が諦めることはなかった。辞めずに残ってくれたメンバーたち。組織の混乱を知りながら入社してくれたメンバーたち。グッドパッチを信じてくれているメンバーがいるのに、先頭を走る自分が諦めるわけにはいかない。

失敗していたバリュー(言語化された価値観)の再構築と浸透を経て、徐々に組織は改善に向かう。バリュー再構築から半年でバリューの浸透率は80%を超え、組織診断ツールのエンゲージメントスコアは、最高ランクのAAAを記録するようになった。

組織崩壊が教えてくれたのは、決して諦めない気持ち、人に向き合い続けることだった。

花開く新規事業

組織崩壊からの脱却に寄与したのが、デザインの可能性を広げるために展開していた新規事業である。

デザイナー特化型の人材紹介サービス「ReDesigner」では、デザイナーと企業をつなぐ事業を行っている。そして「Goodpatch Anywhere」では、フリーランスで働く全国のデザイナーとデザイナーを必要とする企業とのマッチングを行っている。また、2020年にリリースした「Strap」は、コラボレーションを加速するSaaSプロダクトである。

グッドパッチが展開する新規事業のロゴ一覧

グッドパッチといえばクライアントワークのイメージが強いだろう。しかし実際には、これまでに10以上の新規事業を世にリリースしている。検討段階のものも含めれば、かなりの数の自社事業に取り組んできた。クライアントワークだけでなく、新規事業もコンスタントに作り出していく流れは、この頃から加速している。

日本初、デザイン会社の上場という夢

組織崩壊の終わりが見え、事業が再び成長軌道に乗り始めた2019年3月。土屋は全社員に向けてこう語りかけた。

「世界でも類を見ないデザイン会社として初のIPO。社員の家族がグッドパッチという会社で働いていることを誇れるような会社でありたい。『みんなが使っているあのプロダクトをデザインしたのはグッドパッチだよね』『デザイナーを稼げる職業に変えたのはグッドパッチだよね』そういう未来を俺は見たいです」

当時の日本で、「デザイン会社を上場させる」という夢を本気で信じる人は、少なかっただろう。デザイン会社はフロー型であり、労働集約型である。利益率も成長性も低い。時はSaaS全盛期でもある。しかし、土屋には明確な勝算があった。それ以上に「必ずグッドパッチを上場させなければいけない」という強い覚悟があった。

資本主義を象徴する株式市場で、デザイン会社の上場が認められること。これはデザインの力を信じる多くの人達に勇気を与えるはずだ。デザインの価値を認識していなかった人々も、デザインの重要性を正しく認識するだろう。もちろん、デザイナーたちの市場価値も待遇も上がるに違いない。IPOとは「デザインの力を証明する」を象徴する出来事になる。

2020年、全世界をコロナウィルスが襲う。これまで数々の試練を乗り越えてきたグッドパッチにとって、これは大きな障壁にはならなかった。そして6月30日、グッドパッチは東証マザーズに上場する。

東証マザーズ上場を迎え、グッドパッチのメンバーが集まった記念写真

デザイン会社の上場なんて不可能だ。そんな世の固定観念を覆した瞬間であった。

2021-2024年:広がる「デザインの力」と越えるべき壁

デザインの可能性とビジネスケイパビリティの拡張

上場を経た後も、グッドパッチは「デザインの力を証明する」ために走り続ける。2021年には、名古屋を拠点にしていたブランディングファームのスタジオディテイルズがグッドパッチグループに参画。グッドパッチと共同でプロジェクトを進める案件も増え、ブランドデザイン領域へのケイパビリティが大きく広がった。

2023年には「DX支援」をテーマにサイバーエージェントと業務提携を開始。事業戦略領域へのアプローチを強化したほか、2024年10月には、愛される組織づくりを通じて、事業の成功を支援する戦略HRパートナー「株式会社ピープルアンドデザイン」を設立。人と組織の信頼をデザインする、いわゆる「組織デザイン」領域の事業を立ち上げた。

ユーザー体験を中心に、デザインが経営・事業・組織へ広がることを示した概念図

技術革新の速度が上がり、あらゆる企業に変化が求められるようになったことで、企業が抱える問題も複雑化。しかし複雑な課題にこそデザインは有用であり、クライアントワークやM&A、新会社設立など、さまざまな取り組みを通じてグッドパッチの課題解決の領域が一気に広がった期間だった。

Mutureの誕生とデザインリーダーの輩出

デザインによる課題解決の領域拡張として、最も大きな挑戦だったのが経営戦略の領域だ。2021年7月、丸井グループのDX推進に向けた支援を開始。経営課題の特定や戦略策定支援に取り組み、確実な成果を上げていく中で、2022年4月27日、両社による合弁会社「Muture」が設立される。

背景には、「デジタルに強い企業のイメージがない」という丸井グループの悩みがあった。それに対してグッドパッチは、採用や組織変革をリードする合弁会社の設立を提案した。重要なのは、Mutureの経営陣にグッドパッチのデザイナーが参画したことである。

Mutureの設立と事業推進に携わるメンバーの2人

これは、デザイン人材が経営に関与するデザイン経営の実践であり、シリコンバレーで土屋が見た「経営者の隣にデザイナーがいる」という風景を、グッドパッチが実現した瞬間でもあった。

土屋自身も2023年の6月に丸井グループのCDXO(チーフ デジタルトランスフォーメーション オフィサー)に就任。Mutureのメンバーと協力する形で、DX戦略の構築や人材育成の施策、テックカンパニー「マルイユナイト」の設立など、グループ内部からさらなる変革を進めている。

2023年にはNewsPicksと共同で「DESIGN LEADER IMPACT AWARD 2023」を開催。経営層で活躍できるデザインリーダーのロールモデルを提示した。

経営層と対等に渡り合えるデザイン人材を輩出する企業になる。それが「デザインの力の証明」であり、「デザインの力で世界を前進させる」ことにつながる。困難に直面していたからこそ、捨ててはいけない「グッドパッチの信念」に、より自覚的になれた時期でもあった。

業績悪化も乗り越える

さまざまな挑戦をした期間であったが、会社として順風満帆だったかというとそうではない。上場を果たした直後は好調だったグッドパッチだが、2023年頃から再び困難に直面する。積極採用によるコスト増、一方での営業不調、稼働率の低下などが営業利益を圧迫するようになっていった。2024年の決算では、営業利益が前期比の90%減を記録。危機感を感じた経営陣は、大規模な構造改革に着手する。

効果は速やかに表れた。2025年は過去最高の売上を記録し、利益も過去最高水準にまで回復。改めてグッドパッチの「困難を糧に前進する力」を証明する形となった。

2025年~:生成AIの台頭、そして未来に向けて

生成AIへの取り組み

2023年、インターネットやスマートフォンに匹敵する大きなイノベーションを世界は目の当たりにする。それが「生成AI」である。グッドパッチも例外ではなく、この年を皮切りに生成AIへの取り組みを加速させていく。

2023年から2024年にかけては、デザイナーやエンジニアたちが協力し、デザインプロセスにおける生成AIのさまざまな活用に挑戦。リサーチしたデータの分析からレポーティングなど、実務での活用方法を模索しはじめた。

そして2025年10月には「AI Driven Design Company」を掲げ、生成AIを活用した新規事業の立ち上げや、既存プロダクトへの生成AI導入を支援する新たなソリューション群「Goodpatch AX(AI Experience Design)」を提供開始。

Goodpatch AX(AI Experience Design)のロゴ

また、プロダクト側の動きとしても、同月にAIデザインサービス「Layermate」を買収、採用業務を効率化するAIエージェント「HRmony AI」をリリースするなど、生成AI関連の活動を活発化している。

これ以外にも、社内では生成AIを推進するチームも発足するなど、「AI×デザイン」が次世代を作ると確信し、新たなる挑戦を始めている。

次の成長へ向けて

今、グッドパッチは新たな章を歩んでいる。大企業の変革、デザインリーダーの輩出、さまざまな企業とのパートナーシップ、そして生成AI。しかし、グッドパッチの物語はまだ終わらない。むしろ、後から振り返った時に「2025年こそが本当の始まりだった」といえる歴史を歩もうとしている。

「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」

この想いを胸に、グッドパッチは今日もまた、新しい物語を紡いでいる。この物語は、一人の土屋の夢から始まったものだが、同時に、多くの仲間たちの意志によって紡がれ続けたものでもある。これからグッドパッチに加わる人たちにとって、この物語がどう変わっていくのか。きっと未知の困難もやってくるだろう。しかしそれを乗り越え、また新しい力を手にしても行くのだろう。

そんな未来を想像するとワクワクする。それがグッドパッチである。

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